推し活とは生きることそのもの

どうもあんのすけです。

「何のために生きてるか」って聞かれたら、答えられる人はきっと多いよね。

最近は推しのために生き急いでいる若者をよく見る。
武道館行ってほしくて死にかけてたりするもんね。

映画やアニメ、漫画といったエンタメ。スポーツ、技術、恋愛。
その他楽しいもの。やっていて時間を忘れるもの。
地震きてるけどFPSやめれないんだけどwwwってなれるもの。

そんなふうに何か熱中できるものがある場合、そのために生きてるんだって言えるだろう。

そしてそれがいわゆる現代語でいう推し活だと言える。

タイトルにあるように、自分は思ったのだ。

推し活って生きることそのものなんじゃないかって。


例を出そう。映画とか。

推し活なう⭐︎のパリピ世代(F1層)の皆さんはご存知ないかもしれんが、
黒澤明監督の名作「生きる」も、推し活映画だといっても過言ではない。

以下映画ネタバレあるので見てないやつはTSUTAYAかゲオに散れ(圧)。

あらすじざっくり言うと、
主人公(50過ぎ)が推し活に目覚めて死んだような今までの生活を生き返らせた話。ざっくりしすぎやろ。

でも個人的にはこんな感じ。ちなみに映画は約3時間ある長編。2行で終わらすな。

そして!これは自分が人生で一番好きな映画だ。


余命宣告を受けた主人公は推せる何かを探して、夜の街に繰り出す。だが見つからない。ピンとこない。

そんな中、同じ職場のパリピ女子の生きる活力を見て、突き動かされる。
再び生まれかわる。

『こんなんでも作ったら楽しいわよ。課長さんも何か作ってみたら?』

今で言う「推しメンだれ?」っていってるのと同義な彼女のセリフをくらう主人公。

やるべきこと、やらねばいけないこと、推すべきことはもう出会っていたのだった。
主人公は残りの人生で、文字通り命をかけて推し活に尽力する。


公園で彼が歌ったゴンドラの唄は、生きていた。

推すべきものを見つけた彼の心は、死ぬことはなかった。

何かに必死に、精一杯、生きる。そんな人間は美しい。

さらに、その美しさに共感した人・感銘を受けた人間がいるってことはそれが人間の一番あるべき姿なのではないか。


だから、本当の意味で生きることって、推し活することなんじゃないかって、

そう思った。

ただそれだけ。

(ゲッターズ飯田風締め)


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